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父はわざわざ今まで全裸で来て壁に寄りかかって倒立し、開脚したり戻したりと言うけったいな体操を毎日していた。私も妹も嫌だと文句を言うと

「お父さんの健康法やで、やめん」とのたまう。

母に目を向けると「どこのおじちゃんだってそうだから」と取り合わない。

今帰っていくと、冬なのでストーブの前まで来て、コタツの中の温まった下着を着ていた。

そんなちちなので、認知症と言う言葉もないころ

「お父さんはぼけたら全裸で家から出て走り回るだろう」と三人で言っていた。まだ三人とも老いというものを知らなかった。
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言葉にいれてもいい話題だが、わたしの父方のいとこ(母方にいとこはいない)は、おじのことを「おいちゃん」と言う。おじちゃんでも、おっちゃんでもなく。

ある盆、大人たちは飲んでいたが酒の飲めない私はボーっと座っていた。妹は小さいいとこと遊んでいたし、私と同じ年くらいのいとこは酒の座にいた。

伯父が「おいゆう、裏からビールに三本とってこい」裏には井戸水か水道水か、とにかく冷蔵庫で冷やすより冷たくなる水があってそこにビールがいやというほどあったのでとってきた。

このとき父のこめかみにわずかにすじがでた。怒っている、私にではない、兄である伯父にである。自分の子どもが飲んでいるのだから、彼らに取りに行かせればよい、年齢も一緒だし。泥酔しているわけでもないし。でも兄であるから黙っている。私には明らかにそう見える顔だった。が、伯父は鈍感なのかなんなのか何度もそういって私は小間使いにする。私も飲みもしないビールを運んでるだけってのは嫌だが、父がものすごい険悪な顔でさっきから手酌で飲んでいる。爆発寸前なのだ。

その次に伯父がそういったとき、父はついに爆発した。

「もってこんでもええっ!」「もってこい(伯父)」困るのは板ばさみの私である。ひざ立ちのままフリーズ。

そこへ救世主が登場。父の年子の叔父である、実質この家を継いだ人だ。

「ゆうちゃん、おいちゃんがもってきたる、もってきたるで」と適当な数の(私は手に一本ずつしかもてないので二本ずつ持ってきていた)ビールを持ってきた。

父は不興なのだが、弟がとりなしてくれたのでこのことは終わり、と言うことにしたらしい。伯父はもともと酒さえ来ればいいのである。

さて末の叔父は何をしていたか。この人は若いときに心筋梗塞で死線をさまよって以来、酒もタバコもしない。

いるのか?と言うような静かなたたずまいでコーラを手酌で飲んでいた。

ちなみに父は機械工場の工員、とりなしたほうの叔父は紡績工員(何でも労働組合の委員長であったらしい)、伯父はたぶん事務職だがよくわからない。末の伯父はデパートの外商(つまり取引先との営業)

職業柄もよく見える。父は男だらけ、しかも少ない数の工場で手荒い仕事をしている。叔父は紡績と言うからには若い女の子を統率する必要がある。伯父はわからない。末の叔父は相手の出方を観察している上、自分はこの騒ぎに無理に参加する必要はないと考えていた節がある。親切でないのでなく、酒飲みでもないのに、そして末っ子なのに出る幕ではないと判断したのだろう。
未明?勝手に乖離した人格が、薬を飲んでしまったらしい。朝何にも知らずにトイレに起きようとしてもまず立てない。がんばって何かに捕まってトイレに行った。

飲んでないかどうかわからなくて多く飲んでこういう状態になったことはあるが、必ず記憶はぼんやりとでもある。全くないのは初めて。私はとりあえずクリニックに電話した。まだ何かにつかまらないと歩けない。

昼ごろまでには薬は抜けるから、おとなしくしてなさいとのこと。

抜けたはいいが、どうもあちこち打ったらしく大変痛い。

それから妙なことに今日朝一着物を着たくなったのと、服の整理をしたくなったこと。この状態でである。着物はふらふらしていたらそもそも着られないので、何とかその「人」を説得、服の整理はなんとなくはじめかけで終わり。

犯罪とか、人に迷惑を及ぼすことでなくてまだよかったよ。凶悪と言っても、私がいくら力を出したって、凶器が重くてもてないし、ナイフでどこかを刺すって言ったって、何十箇所も刺すうちに逃げられるし、都合のいいボルジア家の秘薬はない。まあやって万引きである、万引きでも犯罪だが。
三年近い闘病生活の後になくなっていたと、今日知った。他にも、私はよく知らないけど亡くなった人の話があって昨日お参りしてよかったけどもっとお賽銭を入れるべきだったと思った。いいよね、お狐さんとか仏さまは、お金のない人から無理やりとらないよね、冥福を祈っただけだけど、お金がしょぼいからなくなった人たちをいじめるなんてことはしないよね、ね。

ちなみに小池さんというのは歌人の小池光さんで、結社誌というもので、短歌の戦を受けている。

奥さんがなくなったのはショック大きいから、どうしていいやらわからない。私は一生懸命短歌を作ればいいのかなあ。
名古屋大須の万松寺へ行ってきましたが驚きのあまり声が出ません。

早い話いつからあそこはお稲荷さんになったのでしょうか、というくらいお狐様が祀られていた。お狐様を避けるのが難しい位。魂が抜かれて呆然とお祈りし、後ずさろうとして、段差があったか、と横向きに下がって行った。

今日は今日で魂が抜けそうなことが結構あったので呆然。
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